2010年11月6日土曜日

Peregrina a Santiago(15)



カスティージャ・イ・レオン州とガリシア州の州境に近い私営アルベルゲは、1泊9ユーロ。手続きをすませ、2階にある部屋へ向かう。階段を登る時の太ももは、じーんと重い。1室に8台のシングルベッドが並び、ベッドサイドに小さなテーブルもある。トイレとシャワーも清潔で使いやすい。公営のアルベルゲに比べ、少し高いだけあって設備がいいし、家主の個性も感じられる。

オスピタレラ(女性の世話人)に全自動洗濯機を使わせてもらい、大きな裏庭に洗濯物を干した。芝の上に、何本もの洗濯紐が伸び、いろいろな洗濯物が風になびいている。18時過ぎまで昼間と同じ強い太陽が照りつけているので乾きもいい。

シャワーと洗濯をすませた後は、脚のマッサージに集中する。膝の周りや外反母趾の部分には「サロンパス」を張り、ふくらはぎには「エアーサロンパス」を吹き付け、膝の後ろの柔らかい部分にはハーブ成分が煉り込まれた「足すっきりシート休足時間」を巻いて綿のサポーターで保護する。サロンパスや休足時間は、高校の同級生、チサさんが持たせてくれたお餞別。脚がスースーして、気持ちいい。

まずは階下のレストランで乾杯。ハムのボカディージョを頼み、生ハムを肴にビール「エストレージャ・ガリシアEstrella Garicia」をぐびぐび。ふうむ、これまで飲んだスペインのビールでは、これがいちばんおいしいな。ブランド名を覚えておかなくちゃ。喉の乾きもおさまったから、洗濯物が乾くまで、ちょっと昼寝しますかね。

「ヨシコちゃん、起きて、起きて」。どこかで声がする。ん? 私は3時間も昼寝していたらしく、もう20時だ。あわてて階下のレストランへ降り、夕食。

違うおかずを少しずつ分け合って食べる。カルド・デ・ガジェゴ(ガリシアのスープ)は、塩漬けされた豚肉で味を整えた野菜のポタージュスープ。滋味深い味だ。

大きなミックスサラダを食べながら、ビタミンを摂取する。過激な運動で相当ビタミンを消費した気がする。

三角形に切り分けられたパイは、エンパナーダというスペインの定番料理。このエンパナーダの中には、ツナが入っている。

生ビールを1杯。その後、ジントニックを頼んだら、普段飲んでいるのの3倍程度のジンが大きなグラスに注がれた。標高が高いところで強い酒を飲むと、さすがの私も酔っぱらう。顔が真っ赤ですがな。いかん、いかん、清く美しい巡礼がぶち壊れとる。

最初の難所を越えた疲労と安心感で、22時、コテンと眠りに落ち、朝まで起きなかった。翌9月14日は6時45分に起き、昨日の残りのパンと水を食べてから7時35分に出発。まだ外は薄暗いが、オ・セブレイロ峠の頂上を目ざし、山道を登っていく。

次第に夜が明け、紺色から水色、ピンク色、オレンジ色と空の色が変わる。体も、だんだん暖まってくる。昨日はあんなに疲れていたのに、入浴、食事、睡眠でしっかり回復し、自分の心身が再生していることがうれしい。うれしいから足取りも軽くなる。

8時20分、1時間も歩かないうちに、とうとう標高1300メートルの頂上に到着。バンザイ!と思わずガッツポーズが出る。

サンティアゴ巡礼道で最も古い、9世紀に建てられた石造りの「サンタ・マリア・ラ・レアル教会」が建っている。この教会は冬の間、霧に迷う巡礼者を導くために鐘を鳴らし続けたのだそうだ。季節によっては峠の下に雲海が広がるというが、今日は全くなし。

わらぶき屋根の「パジョーサ」が見える。ヨーロッパの端っこでひっそり残るケルト民族の文化は素朴で美しい。イングランドやスコットランドの田舎町の町並みを思い出す。ごつごつする石敷きの道を歩いていると、冷たい風が頬にあたる。カフェに入って、暖かい飲物を飲もう。私はカモミール茶、あっちゃんはカフェ・コン・レチェ。

ほっこりしていると、大阪のヨシオから電話がなった。「管さんが小沢さんに圧勝したぜ」。ああ、そうだった、今日は民主党の代表選挙の日だ。日本の近未来をスペインの峠で知った。

2010年11月3日水曜日

Peregrina a Santiago(14)


あっちゃんは登り道が得意で、平地で歩いている時とあまり速度が変わらない。かたや山道が苦手の私の足は、登りで一気に足が重くなり、息が上がる。二人の間の距離はどんどん広がっていくが、お互いのスピードで歩き続ける。これはいつもと同じ状況だ。

私たちが2年半前から始めた四国遍路では、徳島県にある十二番札所・焼山寺への山道が「遍路ころがし」と呼ばれる最大の難所だ。700メートル程度の峠を3つ超えるのに、あっちゃんは5時間、私は5時間55分かかった。これだけの体力差、運動能力差がある。

「焼山寺と比べるとどうだろうね」が、私たちのいつもの視点だ。幸せやしんどさは相対的なもので、目の前の不幸や苦役が過去のそれより軽そうなら、何とか乗り切れるだろうと思えてくる。焼山寺のあの難所を越えたんだから、が私たちの小さな自信になっていた。

オ・セブレイロ峠の勾配は、焼山寺に比べればゆるやかだった。だが、ひたすらダラダラとのぼりが続き、これといった休憩所がない。アクセントがなく、いつ終わるともわからない道が延々と続く。それも難所のカテゴリーに入るだろう。

半袖のシャツからのぞく左腕が、じりじり焼けてくるのがわかる。巡礼道はひたすら西に向かうから、午後になると太陽の位置は後ろから左方面に移動する。だから左腕は右腕より焼ける。沿道の樹木が少なく、強烈な太陽にさらされている丸裸の道。気温が高くなるにつれ、体力がぐんぐん奪われていく。スペインの日差しの強烈さ。それがオ・セブレイロ峠の伏兵だった。

ほかの巡礼たちもみんなしんどそうだ。普段なら「よい巡礼を Buen camino」が通り過ぎる時に掛け合う言葉なのに、今日は「暑いね」「疲れるね」が多い。健脚のあっちゃんは「抜いたり」「抜かれたり」だったが、弱脚の私は「抜かれたり」「抜かれたり」の連続。あっちゃんが道ばたで休憩していると、「あなたの友だちを後ろの方で見かけたよ」「あそこで休憩していたよ」などと、私の状況を何人もの巡礼たちが伝えてくれたという。

ハエも多い。巡礼道は牛が落とした糞でいっぱいだ。乾いた糞も生乾きの糞もある道は、ハエの住み家でもある。牛やハエと共存しない限り、巡礼道は歩けない。慣れないうちはその臭いにも閉口した。

途中の商店でアクエリアスを飲み干して、若干、元気回復。ラ・ファバLa Fabaあたりが標高900メートル、そこから250メートル登ってラ・ラグナ・デ・カスティージャLa laguna de Castilla

1510分、標高1150メートルにあるアルベルゲに到着。今日はのべ8時間で3万4247歩、20.2kmを刻んだ。今日は“水もしたたるいい女”、ではなく、汗だけがしたたっているだった。

Photo by Atsuko

Peregrina a Santiago(13)



サンティアゴ巡礼道には、いくつかの難所がある。最も多くの巡礼が歩く「フランス人の道」(総距離780.5km)の場合、最初の難所はフランスとスペインの国境、ピレネー山脈の峠越え。フランス側にある標高200メートルのサン・ジャン・ピエ・ド・ポーSaintJean PieddePortから、標高1430メートルのレポエドール峠を越え、スペイン側にあるロンセスバージェスRoncesvallesを目ざす難所だ。

こんな大きな峠を越えるのではなくても、巡礼道には1日の間に何度もアップ&ダウンを繰り返す場所も多く、それも体力を消耗する。

「巡礼は人生と似ている。高い山を越える道より、何も風景が変わらない道を淡々と行く方が難しい」。大阪の国立民族博物館の「聖地★巡礼 自分探しの旅へ」特別展で放映されたビデオに出演した、元フランス軍人の巡礼、ミシェルはそう話していた。その意味ではピレネー越えより、延々と麦畑や台地が続くだけのメセタ(イベリア半島の最古の起伏。標高600メートルから700メートルの平原)をひたすら淡々と歩き続けることも難所だろう。

私たちの進む、ビジャフランカ・デル・ビエルソからサンティアゴ・デ・コンポステラへの186kmの途上にあり、巡礼道最後の難関と言われるのがオ・セブレイロ峠O Cebreiro。どんな道なんだろう。そもそも“へたれ”の私は、朝からビビりながら歩いていた。

トラバデッロから3.4kmほど歩いてラ・ポルテラ・デ・バルカルセLa Portela de Valcarceへ、2.7kmほど歩いてベガ・デ・バルカルセVega de Valcarceへ 、2.2mk歩いてルイテランRuitelánへ、1.8km歩いてラス・エレリーアスLas Herreríasへ・・・と小さな集落を過ぎていく。

巡礼がもつ「杖・ひょうたん・ホタテ貝」を無人で売っていたり、水飲み場で水をくんだり、カウベルをつけた茶色の肌の牛たちの群れとすれ違ったり・・。ほほえましい街角、牧歌的な風景。200メートル程度の勾配を、少しずつ登っていく。

ベガ・デ・バルカルセでは、おしゃれなパン工房を発見し、早めのランチをたべた。後で考えると、スペイン巡礼道で最もおいしいボカデージョ(スペインのサンドイッチ)はここのだ。店内に香ばしいパンの香りが広がり、焼き上がったばかりのパンはさくさくしている。中の生ハムの塩味もちょうどいい。一人前を半分に切ってもらい、あっちゃんと分けて食べた。貧血を治すための鉄分サプリを服用している間は、本当はカフェインを飲んではいけないのだけれど、ここだけは、と紅茶を飲んだ。カップもかわいい。

だんだん集落がなくなり、アスファルトの道も途切れ、いよいよ山道に入る。ここから600メートルをのぼる登山道が始まる。