2009年10月7日水曜日

暮らしと人生を整理整頓する

今年は9月に5連休のシルバーウイークがあって、そのころから少しずつ整理整頓を始めた。
部屋も、自分の人生も、あまりにも雑多なものにあふれすぎていると思うようになったからだ。

書類や資料であふれた机の上は、片付けても片付けても毎日山積みになってしまう。
とても「佐藤可士和のデザインオフィス」にはならない。
それでも、引き出しにたまっていた名刺は1000枚ぐらいは捨てただろうか。
仕事でこんなたくさんの人に会ったんだと思ったけれど、思い出せない人、思い出せない顔、思い出せない出会いばかり。
覚えている人、最近出会った人、近々また会いそうな人、どうしても切れない人だけを残したら、1000枚も捨てることになった。そんな仕事をしているんだな、してきたんだな、私。反省とあきらめが、ゴミ箱で交錯する。

以前に録音したテープ、ビデオなどもばっさばっさと捨てた。かつて愛した、今も口ずさめる歌もあったけれど、もう一度、カセットテープレコーダーに入れて、スイッチを押しそうにないと思ったからだ。
学生時代にフォークバンドを組んでいた友だちのテープにも別れを告げた。ごめんね、友たちよ。

本棚は、時々整理してきたけれど、もう棚に二重三重、縦横に重なり始めていた。
もう読まないし取っておくつもりもない本、古すぎる本、雑誌、資料などをひもで縛って、月末、子供会の廃品回収に出した。
もしかしたら古本屋に売れるかもしれない本だけを少し残した。そこで待てよ、と思った。古本屋に持って行く前に、友人、知人で欲しい人があったら、そちらにリサイクルしてみる手もあるかもしれない、と思い立ったのだ。

「この本いりませんかリスト」を作って呼びかけた。着物系、病気系、ベストセラー系、外国関係、その他、文庫本と6つのジャンル分けをし、本のタイトル・著者・出版社・定価をリストに加えた。
私は本は無料で手に入れたら、ほとんど読まない。たとえ100円でもお金を出したら、読もうと思うタチだ。
だから元値が1000円以下の本は一律50円、1000円以上の本は一律100円と値付けてみた。
そうしたら全部で36冊のうち、25冊に買い手が現れた。みんな仲のいい友だちだが、見事に読みたい本がばらばらで、希望が重複したのは何冊かだけだった。
嫁ぎ先が決まってよかったけれど、著者に、ごめんね、と心の中で詫びた。
私にはもう必要ないけれど、それを必要としている人にそれが渡ることは気持ちいいことだ。しかもみんな知った人ばかりだから、譲ってもどこか安心と思えてしまう。
再出発する本たちよ、次の読者に愛してもらいなさいね。

宝石箱の中も整理整頓することに。片方だけ残ったイヤリングをどうしようか、長年、悩んできた。
私はピアスではないので、コートやマフラーを脱ぎ着することの多い冬に、よくイヤリングを落とす。両方ならあきらめもつくのに、いつも片方だけ落としてしまう。そんなイヤリングが6つもたまっていた。
金(ゴールド)など売ったことがないので、宝石フェアを開催している百貨店の特設フロアに行き、これ、売れますか?と聞いてみた。店員さんが金を調べ、重さを量り、8グラムで1万2008円だという。
これは古物商の取引になるらしく、身分証明書と押印も求められた。
どれも母が買ってくれたものばかりで、だからこそ今まで手放しにくい心境になっていたのだが、思い切ってみることに。
片方のイヤリングたちは買い取られ、どこかで加工され、また誰かの耳か指か首元を飾ることになるだろう。
再出発するゴールドたちよ、また、活躍していらっしゃい。

整理整頓をして、少しだけ身が軽くなったように思う。
ものがなくなって、空間がすっきりしたから身が軽く思えるのではない。
これをどうしようと道を決めて踏み出せた行為が、身を軽くするのだと思う。
何をしたらいいのか決めかねたり、足踏みをしている時は、身は重い。でも、一歩踏み出してしまえば、重かったはずのからだを軽く感じ、なぜ踏みとどまっていたのかさえ、不思議に思えるものだ。
日々の暮らしであれ、長い人生であれ、何度も立ち止まり、何をしようと決め、また踏み出し、歩いてみる。
何かを決めて踏み出してみる大切さを、整理整頓は教えてくれる。