部屋は散らかっているし、洋服の整理も悪い。本箱も、引き出しも、がちゃがちゃです。
これではいけないと発作的に思って整理整頓するのだけれど、2、3日もすると元の木阿弥。
アートディレクター、佐藤可士和さんの「超整理術」を読んだとき、これだ!と発作的に書斎を変えてみたのだけれど、美しさを維持することは、本当に労力がいります。
そう、「維持する」ことは、簡単そうでいて、とても難しい。
川柳作家のひろ子さんのお宅は、いつお邪魔しても本当に美しく、すっきりしています。
家具やインテリアの趣味がいいということ以上に、彼女の生き方や信念が見えるお宅なのです。
背筋をきりりと伸ばし、凛とした表情で、端正に生きる。それが住まいづくりにも、家具選びにも表れています。
お邪魔した日の帰り道は、いつもうなだれてしまう。美しいどころか、整理整頓すらできていない、だらしない自分の家に帰ってきては、ため息をついてしまう・・。
私の育った家は、父母と私の3人暮らしの小さな一戸建てでした。
12歳までの間、今思えば、母は自分の人生に大きなストレスをかかえていたのだと思います。専業主婦として子育てにしか働く場がない、夫とは反りがあわない、自分を評価してくれる人がいない、生き生きしている実感がない・・。
時々、ヒステリーを起こし、娘の私を厳しく教育し、部屋は常にピカピカに磨き上げていました。
押し入れの中のものを動かし、私としてはきちんと元の位置に戻したつもりなのに、「触ったでしょう。汚い」と神経質に直していた母。がさつな私は、ぴりぴりしている母に部屋を汚して叱られる恐怖におびえながら暮らしていたように思います。
中学に行くようになると、母は仕事を見つけ、働きに出ました。家は次第に汚れていったけれど、ほこりのたまった廊下の隅を見て、どこかでほっとしたことを思い出します。
それに反して父はおおらかで、というより、家事には参加せず、仕事を終えたら居酒屋に直行し、酔って帰宅する人だったので、彼が何か整理整頓をしていたという記憶があまりありません。私自身が、子どものころは父と向き合っていなかったのかもしれません。
結局、父母は離婚し、母は再婚、父は一人暮らしを続けました。
大人になった私は、故郷に戻るたびに、父と母の家を別々に訪ねました。どちらももう、自分の「実家」とは思えなかったけれど、大人の目で彼らの暮らしを垣間みることになったのです。
自分らしい人生を取り戻したのでしょう、母からは、私に怯えをもたらした神経質さが消え、快活になりました。むしろ自分勝手な生き方を楽しむようになりました。
そんな母とは大きな諍いを経て疎遠になり、今はほとんど交流がありません。自分らしい人生を送ってくれるなら、それを私が好きか嫌いかは別として、いいやと思うようになりました。
父は、家業が倒産し、離婚して家族とも離れて一人暮らしをするようになり、当初は小さな木造アパートに住んでいました。快適な住環境ではけっしてなかった。財産を失った者が行き着いた祠のようでした。
その後、大病を患い、障害者として生きることになり、生活福祉のお世話を受けながら公的な住宅に移り住むことができました。おしゃれな住宅でも閑静な住宅街でもなかったけれど、一人暮らしには充分な広さを備えたアパートでした。
病気と障害を抱えて一人暮らしを続ける父が亡くなるまで、私は19年間つきあいました。その間に、父はこのように暮らす人だったのかと思い知ることになります。
玄関。
父は必ず、履物を揃えました。脱ぎっぱなしということがありません。
粗末な運動靴〜それは足が不自由で革靴は履けず、また、経済的に豊かではないわけだからですけれども〜を脱ぐと、きちんと向きを変えて揃えます。
「エライね、お父さん。つくづく感心する」
「そうたいしたことでもないよ」
杖をついて、ゆっくりゆっくり、としか歩けない。靴を履くときにも時間がかかる。次に履く時に、少しでも楽なように。
そんな生活の知恵だったのでしょうか。
子どものころ、実家で父がどのように履物を脱いでいたか、思い出すことができないと思いながら、私はそんな父の靴を眺めていました。
さて、わが家の玄関。
靴を脱ぎ散らし、履物を揃えるのは翌日です。2、3秒でできるのだから、脱いだその場でやってしまえばいいのに、なかなかがさつな性格はなおりません。
ただ、必ず履物を揃えてしまう時があります。
仲良したちと旅に出て旅館に上がる時。
大きな宴会場で飲食を楽しむ時。
友人たちが脱ぎ散らした靴や、宴会場の入り口で脱がれたたくさんのスリッパを、私はつい、揃えてしまうのです。
トイレに行くために中座して戻ってくると、またスリッパが乱雑に脱ぎ捨てられている。最近では、それを直す仲居さんも少なくなっているのでしょう。手が出て、揃えてしまいます。
旅先の玄関や宴会場の入り口は私にとって、幼い日に刻み込まれた怯えと、長じて知った父の素朴な暮らしとを、ともに思い出す場所なのです。
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