2008年11月8日土曜日

私の1冊(1)

自営業で通勤がないから、よほど早く始まる仕事が入っていない限り、私の朝はゆっくり過ぎて行く。6時30分から7時過ぎにかけて、障子を通して寝室に入る柔らかな光で目を覚ます。時計代わりにテレビのスイッチをつける。ニュース、朝の連続ドラマ、ワイドショーの合間に朝食、身支度をすませる。

10月末からNHKのBS2で、たった10分の番組が始まった。「私の1冊 日本の100冊」で、著名人たちが“心の中にある私の1冊”を紹介する。NHKのアナウンサーが朗読する、それぞれの本の一節も心にしみる。身支度の手を止めて、じっと10分、見いってしまう。これまでに登場した人と本は次の通り。

安藤忠雄(建築家) 「五重塔」(幸田露伴」
押切もえ(モデル) 「人間失格」(太宰治)
児玉清(俳優)   「蝉しぐれ」(藤沢周平)
中村伊知哉(慶応大教授)「紅い花」(つげ義春)
光浦靖子(俳優)  「八日目の蝉」(角田光代)
新妻聖子(俳優)  「本陣殺人事件」(横溝正史)
内山理名(俳優)  「私的生活」(田辺聖子)
姜尚中(東大教授) 「こころ」(夏目漱石)
残間里江子(プロデューサー)「情事」(森瑶子)
木村政雄(プロデューサー) 「金閣寺」(三島由紀夫)

番組のタイトルが「私の1冊 日本の100冊」なので、おそらくは日本の著作が100冊紹介されるのだろうと思う。この人にこの本か、という組み合わせの妙も楽しいが、読んだのが若いときであれ中年になってからであれ、その本が彼・彼女の人生に大きな影響を及ぼした1冊であることがわかる。

妻でもない、母でもない、一人の女として生きていいのだ、ということを残間里江子は森瑶子の「情事」で知る。30歳を目前にして、これからどう生きよう、どう働いていこうと思う頃だ。たいていの女性が遅かれ早かれ、働き始めてから10年以内にぶつかる想いではないだろうか。
確かに,森瑶子の活躍していた時期と、日本の女性たちの生き方が多様になってくるのは重なる。ああ、あの頃なのだ。残間はその後、引退した山口百恵をメディアに登場させた唯一の編集長となり、プライベートではシングルマザーとなった。
彼女の70年代、80年代と、自分のその時期を重ね合わせ、反芻してみる。就職活動の面接で、「あなたはどの雑誌を読みますか」と聞かれ、私は残間が編集長をしていた「FREE」を挙げた。「それはなぜか」と聞かれ、「この雑誌は読むところが多いから」と答えた。ファッションや化粧の記事であふれた当時の女性雑誌に対するアンチテーゼとも言える一冊。引退した山口百恵も、逮捕された田中角栄元首相も登場するこの雑誌は、とてもおもしろかったが、長くは続かなかった。そんな80年代半ばは、数年後のバブルに飲み込まれ、過去となった。

ミュージカル女優の新妻聖子は帰国子女だという。タイ・バンコクで英語漬けになっていた毎日の中で手にとったのが横溝正史の金田一耕助シリーズ。私もほぼ大半を読んだと思うし、角川映画もたくさん見た。よく流行った大衆的な娯楽作品を、なぜ彼女が私の1冊として挙げたのだろう。
新妻は言う。横溝の作品は、一般的なミステリー小説と違って、日本的なものが色濃く見え隠れるする。「日本」の音や色に、異国で想像心を強くかきたてられた、と。
日本に帰国した後、同世代の女性に比べ、レトロな日本語を話している自分に気づく。それは横溝で覚えた日本語だからだ。目の前に見えないもの、手にとれないものを想像していく力は、俳優になってから随分役立ったことだろう。日本にいれば無条件に手に入る風景も、異国では手が届かない。それに対する憧憬はどんなものだったろうと、悠々と流れるチャオプラヤ川を思い出しながら、若い一人の女優の独白を聞いた。

この番組を見ていて思う。「私の1冊」とはどれだろう、と。次回の日記で、それについて書いてみたいと思う。

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