都会の真ん中で、しかも庭のない家で育ったせいだろうか、植物を育てたり押し花を楽しんだりした経験も非常に少ない。思えば、家の中に花が飾ってあったこともなかったような気がする。
どうにも生き物を愛する心が自分には欠けている。それがコンプレックスの一つだ。
実家を離れて一人暮らしをしたり、結婚して新しい家庭を作ってからは、それでもたまには生き物に親しむようになった。花瓶に花を生けたり、小さな小鉢の花をテーブルに置いたり、観葉植物をリビングに飾ったり、ベランダで朝顔を育てたり。小鳥を飼おうかとペットショップまで足を運んだが、すぐ死なせてしまような気がして、何も買わずに帰ってきた。
たまに買い求める切り花は、枯れてしまえばゴミ箱に直行する、オール・オア・ナッシングの存在だ。だから、ホームパーティやお正月など特別の時しか登場せず、なかなか日常的な存在にはならない。
土で育てる植物は、花が咲くまではいいが、その後をどうしたらいいのか考えあぐね、無惨な鉢だけが残る。途中で枯れたり虫がついたりすると、また失敗した、と負の気持ちばかりが先立ち、いい思い出を蓄積できない。
植物をうまく育てている人は周囲にはたくさんいる。花の名前をよく知っている人もいる。すばらしい、と思う。「私には緑の指がないのね」と言ってみるが、私は知っている。自分には生き物を育てるスキルがないというより、そもそも生き物を育てる目や愛情がないのではないか、と。あるいは生き物を育てることに臆病すぎるのではないか、と。
そんなわけでコンプレックスは深まるばかりだ。
そんな私なのに、今年は春からベランダで野菜を育てている。野菜高騰がきっかけなのか、近所のグリーンショップで野菜の苗がたくさん並んでいたからなのか。花を咲かせるより、実を収穫することを目指す方が自分には向いているかもしれない、と、ふと思いたったのだ。
今までの私ではありえないことが続いている。毎朝、起きたら一番にベランダに出る。ゴーヤとトマトと紫蘇とルッコラの鉢を観察するためだ。土の状態に応じて水をやり、葉を裏返して虫がついていないかチェックし、週に1回、防虫剤をまき、月に1回、肥料をやる。
植物に詳しい友達に聞き、近所のグリーンショップの店員に質問し、インターネットで情報を集めながら、ゴーヤの蔓を巻き付けさせ、トマトに支柱を立てて脇芽をとってやった。トマトの成長ぶりはおそろしいほどで、どんどん茎が太くなる。葉が増え過ぎではないだろうか。大丈夫だろうか。初めて子育てをする新米ママのような臆病さで、それを眺める。
今朝、トマトの黄色い花がしおれた後に、小さな小さな緑の実がついたことを知った。受粉した後に実がなるのは当たり前なのに、実際に間近に見たのは初めてかもしれない。もっと大きくなるかしら。本当に赤くなるのかしら。
ゴールデンウイークには4日間、家をあけ、旅先でトマトやゴーヤを思った。南向きのベランダで、ひからびていないかしら。帰宅して真っ先にベランダに行き、枯れていなかったことに感謝した。
ここ数日間は気温が低く、冷たい雨が降り続いている。日照が足りないのでは・・と空を見上げている。
私は今、野菜たちに育てられている。